地銀 「山口の変」の戒め (事業変革の障害)


令和3年7月31日付け日経新聞コラム「Deep Insight」での上杉コメンテーターによるOpinionです。山口FGが6月25日の株主総会で、取締役選任が済んだ直後の臨時取締役会で吉村会長兼CEOを解任した件に関するものです。

この解任は大きな騒動となり各メディアの三面記事を賑やかす騒ぎとなりました。吉村元CEOの急速な事業改革が行職員に困惑をもたらしたことや、同FGの平均年間給与が528万円と隣接県にある、ひろぎんHD1095万円、福岡FG929万円に大きく見劣ることも行職員の不満を増殖して内部告発が続いたのかもしれません。ちなみに、伝統的銀行業務では不調ながら事業改革に熱心な銀行は行員の若返りと給与の改善に努めています。

ニッキンの7月16日付記事によれば、山口FGの非金融事業である地域共創モデル事業の2022年3月期売上が前期比5倍の50億円を越える見通しだとのことです。その4割を地域商社事業、他は地方創生コンサルティング、人材紹介、福利厚生代行事業だそうです。粗利益は21億円を見込みます。同FGの今年3月期の経常利益は369億円ですから、21億の粗利益では経常利益の5.7%しか貢献しません。96%の収益を稼ぐ、従来事業部門の行職員からすれば、非金融事業部門は単なる金食い虫にしか見えないでしょう。彼等を納得させるには、目を見張るような成長と収益性を証明する必要があります。

DXを通じて銀行は従来型ビジネスモデルから脱皮しなくてはならないとされます。筆者もそうなのだろうとは思うのですが、どんな新しいビジネスモデルが良いのか、それを実現するまでに要する新旧ビジネスモデルの併設コストや経営資源不足をどうするのかという避けられない課題、それも死活的な課題、に対する解を持っていません。それは、個々の銀行の経営判断であるとして、ただ、事業変革をしろとは学生コンサルでも言わない台詞だと思っています。メディアや行政は少々無茶というか無責任に過ぎるようです。なら、自分でやってみろと言いたい時もありますが、金融での実験は危険が過ぎます。

Opinionの上杉コメンテーターは、三面記事や妄想的な金融ビジネスモデル改革論を避けて、この騒動から注意しなくてはならないことを指摘しています。一つはガバナンスです。吉村氏が進めていた新銀行によるミドルリスク融資事業の成否とその経営態勢です。癒着を疑われていた外部コンサルに経営を預ける構想だったそうです。それに社外取締役達が強い危機感を抱いたのが解任の理由とされます。ここでのガバナンスとしては、こうした事態に至るまで隠密裏に独断的に大きな経営判断が進められていたこと、そして、最終段階に至って社外取締役陣のブレーキ機能が作動したことがあります。このアクセルとブレーキをガバナンスというのか筆者にはわかりません。ただ、吉村さん達が行内で隠密裏に進めざるをえなかった銀行文化や価値観を見逃すことはできないでしょう。

また、事業変革に反対する行職員達が吉村路線を否定する為に三面記事的な内部告発を続けたことも銀行らしくはありません。(今回で二度目ですが。前回のことは吉村氏も良く事情を知っている筈です。))7月4日付の当コラムで企業文化の組織特性15種を紹介しましたが、ガバナンスはこれらの組織特性の上に存在するものです。単純な統治論ではガバナンスは機能しないと肝に銘ずるべきでしょう。

上杉氏の指摘第二ですが。「銀行が金融以外のビジネスを手がけても簡単にもうかるわけがない。すぐもうからないどころか、成功する保証もない。」だから「冷徹な株式市場が評価しないのもわかる。」つまり「古きを守りながら新しいものを育てる曲芸めいた技能が求められる。そのバランスが難しい。うまくやらないと現場がついてこない。」と指摘します。その通りだと思います。筆者も金融DX化の最大の障害は新旧モデルの併存だと主張しています。どこかの別動新銀行のように「本体とのカニバリズムは厭わない。」なんて気楽なことをいってはいけない。遊びではないのです。共倒れになるリスクがあるのです。

そうすると、伝統的企業文化を脱却するために新銀行を設立するという案が出てきます。多くの銀行が検討していますが、組織文化的な要因というよりも収益性の問題で断念することが多い。実行する銀行の多くはチャレンジャーバンクなどと称して海外で言われる新設銀行のビジネスモデルや企業理念の模倣です。結果として地域銀行のルーツとされる地域から離れたビジネスモデルとなり資本だけの繋がりだけとなってしまう。すると企業文化が大きな阻害要因となってくる。

あらためて、ゼロベースで自分の地域金融機関としてのビジョンを全員が納得できるような形で整理し直すことが必要なのでしょう。株式の非上場化を含めて。行職員が地域に最大の貢献ができ、個々人がリーダーシップと達成感を得られるような姿を描いて、その為の施策を一つ一つ積み上げていくしかないようです。新収益源から入ってはいけない。あくまでも地域との共生と発展から。

理想的な将来像をまとめるのは、それほど難しいことではありません。全行職員に「10年後に当行はベストバンクとしてメディアや学術論文に紹介されています。それにはどんなふうに書かれているでしょう?あなたが思いつくままに記述して下さい。」といった作文を書いてもらうのも一手です。昔、やったことがあります。それを徹夜で読んだある経営トップが涙を流しながら「みんな会社のことやお客のことをこう考えていてくれたのか。」と喜んでいたのを思いだします。

なんかのブームに便乗してビジネスをするのも気をつけた方が良いでしょう。IT企業の皆さんへの注告です。顧客企業には多様なステークホルダーが存在します。ワンマントップとだけ結びついて、果から見て無理筋の商売をでっち上げても多くは挫折します。そして回復不能な信用喪失となります。特にIT案件は建設業並みの案件予算ですから、世間の目は一段と厳しい。ITを昔の土建屋ビジネスにしてはいけません。最近、そんな政治家やコンサルが増えてきたように感じます。メディアも気付いています。

 

                  (令和3年8月2日 島田 直貴)